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本光寺のあじさい Part.2
2012 / 06 / 17 ( Sun )




大永4年(1524年)松平忠定によって発足された深溝松平家は
江戸時代には、その力量から三河吉田藩・刈谷藩・福知山藩と転封を続け、
寛文8年(1668年)に島原藩に入りました。その後、一時宇都宮藩へうつり、
安永3年(1774年)島原藩にはいり、以後8代にわたりその地を支配したのち、
明治維新を迎えました。





家訓により、当主のみが、亡くなるとその遺骸を
遠く島原の地からここ幸田町深溝まで運び、埋葬(土葬)したのだそうです。
代々すべての方が、本光寺に眠っていらっしゃるとのこと。
駐車場にいらした地元の係の方のお話....
「あじさいがきれいだからと、みなさん本光寺にいらっしゃるけれど、
 このお寺がどんなに由緒あるお寺なのか、もっと知ってほしいですね。」









そんなお話を胸に、もういちど境内に出向いてあじさいにカメラを向けてみました。


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もっと情緒的なあじさいを撮ることができたらいいのにね....(^^;)
まだまだ勉強不足です....反省。







心静かにあじさいと向き合った時間でした。











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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

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